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【河原龍秀プロフィール】 柔道整復師/米田柔整専門学校講師
父は柔道家で警察官、母は柔整師で実家に祖父の代から続く接骨院と道場がある 環境で生まれ育ち、幼少の頃より柔整には馴染みがあった。
学生時代はひたすら柔道に打ち込み、身体を鍛えてきたが、逆にケガも多く経験した。 その経験を活かしたいと思い、大学卒後は柔整師を志し米田柔整専門学校に入学。
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そこで柔整の基礎知識を得た。その後は接骨院で修行。基礎技術を身につけた後、実家にて従事するも母校 より教師の依頼があり治療現場から教育現場に転身した。
家族は妻と一女で休日は娘と遊ぶのが楽しみなアットホームパパである。柔道五段。
米田柔整専門学校のホームページ
ブログ/米田柔整、河原の学校ブログ
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柔道整復師の国家資格を取得すると多くの場合、接骨院を開業するというのがほとんどですが、接骨院での 現場経験の後に、教育現場へ転身した河原先生に現在の学生の状況や、教員という立場から見た今の治療 業界について語っていただきました。 インタビュアー/三宅修平 |
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三宅 河原先生の今の仕事内容を教えてください。
河原 今は、米田柔整専門学校で教務という立場で柔道と柔道整復実技を 教えています。
三宅 教務とはいわゆる何の担当ということになるのですか?
河原 教務というのは、いわゆる学校の専任講師のことです。学校を運営して いく上で常勤の先生、非常勤の先生がいるのですが、いわゆる常勤の 先生になります。そして、実際に教えているのは柔道整復実技と柔道を 教えています。あとは学年主任という担当があるのですが、2年生の 副主任になっているので、学校生活における主に2年生の面倒を 見ています。
三宅 以前は何をされていましたか?また、何故、今の職に就いたのですか?
河原 修行をしていた期間と、実家が接骨院をやっているのでそこに従事して いました。また自分で接骨院を開業した経験もあります。今は弟に 委譲していますが。
三宅 いわゆる接骨院の先生として働いていたということですね。それは 何年くらいですか?
河原 まるっとやっていたのは4年ですね。あと4年くらいは接骨院と学校を 掛け持ちしていました。教員になったきっかけは卒業して2年間接骨院 で修行して、それから実家の接骨院に入ってやっていこうと思った矢先 に、教員の資格を取ってくれないかと言われ、資格を取ったら米田に 来てくれないかという話で、今の立場になりました。
三宅 接骨院の先生の仕事は面白かったですか?
河原 そうですね。面白かったです。ですから離れるということに関しては 決心が要りました。
三宅 接骨院よりも今の職を選んだということですね。
河原 結局、患者さんを診て、学校でも教えてということの両立が難しいと 思ったんです。
三宅 後ろ髪を引かれるような思いはありましたか?
河原 今はスッキリしていますけど、あの時の決断はやっぱり大きかった ですね。
三宅 決め手となったのは?
河原 やっぱりパワーが分散しているということです。器用に出来る人もいると 思いますが、僕自身はなかなかそういうことが続かなくて、どちらもという のが難しくて、自分のパワー自体も分散してしまっているなという気が したので、自分はどっちをやっていきたいのだろうと考えました。 それで、学校教育のほうが改革の余地はあるんじゃないかと思って ましたし、もっともっとやれることがあると思ったのでそっちに力を入れて いこうと思ったんです。
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三宅 どういった所に改革の余地があると思いますか?
河原 一言でいうと可能性です。
三宅 どういった可能性ですか?
河原 一学年120人、三学年で360人の学生がいるわけです。普通に接骨院 の先生をしていたら、一年間でこれだけの数の学生と面識を持つことは 不可能だと思うんです。教師は5年やっていますから累計で840人の 学生、卒業生と面識があることになります。その彼らを活かすことが 出来たら大きなことが出来るなと。そこに未来の可能性を感じました。 と同時に新たな問題も起きていますけどね。
三宅 新たな問題といいますと?
河原 今の学生を見ていると能力格差が起きているんですね。
三宅 能力格差?
河原 はい。学校が増えて入りやすくなった分だけ学生間の能力の差が顕著 なんです。昔は学校は全部で14校しかなかったので、その中で、学校 に入るまでにハードルがありました。入試というハードルが今より高かった ので、一生懸命勉強しないとそのハードルを越えられなかったんです。 今はどの学校も同じだと思いますが、定員は埋まってますが、以前の ような競争率はありません。以前だったら入れなかったであろう学生が 入って来ています。そうすると例えやる気があったとしても格差というのは 出てきます。
三宅 大分大きいですか?その格差は。
河原 そうですね。
三宅 その辺は先生が危惧する所ですか?
河原 レポートを提出させてもやってくるグループというのはトコトンやってくる のに対して、ギリギリでもがいている学生もいて、完全に二極化して います。
三宅 先生が思う二極化の割合はどれくらいですか?
河原 出来る人2割、その2割についていける人が6割、ちょっとついていけない なあという人が2割です。
三宅 学校の先生の役割というのはその、2:6:2のどこにフォーカスすること だと思われますか?
河原 そうですね・・・
三宅 どれかを選べというのは難しいと思います。上の子は伸ばしてあげたいし、 下の子は引き上げてあげたい。真ん中の子はさらに伸ばしてあげたいの ではないかと思います。その点で河原先生が得意なのはどっちかな?と 思うんですが。上の子をもっと伸ばしてあげたいのか、下の子に、オイ、 上がって来いよと言いたいのか?
河原 やりたいのは上2割ですね。考えとして持っているのは上を伸ばせば 下も上がってくるのではないかと思っています。
三宅 もっと差が開きませんか?
河原 それもあると思いますが、上の2割の子だけにフォーカスするのではなく、 雰囲気作りだと思います。トップの2割を中心とした雰囲気を作っていくと その雰囲気に上手く巻き込まれてくれる。結果、国家試験の合格率は 上がります。ダメなんじゃないかと思っている子でも、学生のリーダーが 上手くまとめていると、そのクラスは100%合格するということが起こり ます。そういう雰囲気があるといい合格率を出せています。
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三宅 今の学生の状況と、先生が学生の頃の状況と比べて違う所は 何ですか?
河原 実はですね、今の学生の方が大変な要素があるんです。学校としても 長くやっていると年々濃くなる部分というのがあります。
三宅 濃くなる部分?
河原 例えば先生も同じ事を教えるわけですが、先生自身が与えるものが深く なっていきます。
三宅 それは知識がということですか?
河原 知識だったり、あるいは今ある先生がやっているのは論文を書かせよう としていて、研究をさせて発表させようとしています。学生の時点でこういう 経験を積ませようとしています。他には僕らの時と比べると教科数も増え ています。ただ、そのモチベーションが上がらない学生もいて、そこに 実は手をやいています。
三宅 モチベーションが上がらないのは何故だと思いますか?
河原 一言で言うと自信がない。
三宅 自信がない?
河原 やっても結果が出せないとかですね。
三宅 それはテストでということですか?
河原 そうですね。
三宅 例えば何回やっても50点くらいしか取れないということですか?
河原 そうですね。それが最初に言った能力格差だと思います。芽が出る までには結構な時間がかかります。とは言っても学校生活は3年 しかないわけで、それまでに教育するのに苦労しています。でも現実、 3年生になって伸びる子はいます。だからそれまでのタイムラグが あったり、ついて来られなかったりということはあります。 |
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三宅 学校の数が以前に比べてかなり増えましたが、このことについては どう思われますか?
河原 学校間の競争も激しくなるので、その中で生きていこうとするわけですから 質自体は上がっていると思います。結果として接骨院に行く患者さんたち にとっても良いということになると思います。ただ、悪い面と言いますか、今 まで入学が難しかったのが、以前ほど難しくなくなったばかりに中途半端 な気持ちで入学する学生もいます。そこを教育していくのに苦労します。
三宅 今の学生が不安に思っていることって何だと思いますか?
河原 一言で言うと将来性だと思います。もちろんいいビジョンを描いている ものの、業界内のニュースを耳にしています。結構そういう所に敏感に なっているように思います。
三宅 いわゆる「やっていけるのだろうか?」という不安ですか?
河原 そうですね。
三宅 例えば先生の立場で学生から「卒業してからどうしたらいいですか?」と 聞かれたら何と答えますか?
河原 まず言うことは、「あなた自身どうなりたいの?」ということですね。どう したいかによってそれが変わってきますから。病院に勤務して、レントゲン を見ながら医師の指導の下で接骨の知識や技術を研鑽していきたい のか、接骨院の先生について先生のやっている事を吸収して自分で 接骨院を開業して行きたいのかというように、やりたい事によって変わって きます。まず最初にそれを聞きますね。
三宅 多分学生からしたらそれも考えてなかったというところが多いのでは ないでしょうか?
河原 そこで気付いてもらうんですね。学校がこうしなさいというよりも、その人の 人生のことですから。
三宅 そういうことですね。
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三宅 河原先生の立場から治療業界に望むことは何ですか?
河原 一言で言うとエネルギーが欲しいということですね。
三宅 エネルギーが欲しい?
河原 「どんな時代でも俺たちは大丈夫なんだ!」というパワーとエネルギー ですね。それを持っている先生というのはそれなりにすごい先生になって おられると思います。それを感じられる人の下に学生を送りたいし、そう いったイメージを持っている先生というのは自分でドンドン進んで行きます から、それを追いかけることが出来ると思います。そうすると結果的に 上がっていけるのではと思います。
ある意味「もう出来上がってます」だとちょっとこれから世の中変わって いきますので、どうなるのか分かりません。パワーとエネルギーを持った 人ならドンドン進んでいきます。そういう姿勢を見て、キチンと変化に対応 しつつ進んでもらいたいなと思います。
三宅 ただ現状が厳しくなってきていて、全体的にトーンダウンしている所は あると思うんですね。そういう状況に関して先生はどう思いますか?
河原 これはもうそういう時代ですし、仕方がない部分もあります。逆に言うと、 今までが良すぎたんです。以前と比較すると厳しいかもしれませんが、 まだまだ頑張っている先生はおられますので、そういう方とお付き合いを していきたいと思いますし、卒後は育ててもらいたいと思います。 |

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三宅 河原先生の今後の目標は何ですか?また、その目標を達成するために 何をしていかれますか?
河原 やっぱり教え子はかわいいですから、一人でも多く成功してくれることが 目標ですし、楽しみにしていることですね。そのために教員をやっているの だと思います。患者さんを取るか、学生を取るかで、学生を取りましたから。 でもいい立場にいると思うんです。自分が教えた学生が先生になって 患者さんをしっかり診られるようになっていけば、間接的に何十人何百人 はたまた何千人もの患者さんに対して良い事が出来たかなと思います。 それは僕が一人で診る事が出来る人数をあっという間に超えてしまうわけ ですから、良い事が出来ているのではないかと思います。
三宅 学生に伝えたいことはありますか?
河原 「前に進む推進力だけは失うな」ということですね。とにかく前に出る姿勢 を持って何でも向かいなさいということですね。勉強だけじゃなくて、人間 関係であったりとか、この業界以外の仕事であったりとか、スポーツの 世界でもいいし、とにかく前を向いてという姿勢ですね。
三宅 学生の立場だとその日の目の前の事で精一杯になってしまったりだとか、 卒業するまでは正直な所、遊びたいという気持ちもあると思います。ただ、 漠然とした不安な状態にいる時は先生のような方に「前を向け」と言って もらえると助かるのではないかと思いますね。
河原 最初に上2割の学生にフォーカスしてると言いましたが、彼らをもっともっと 高めることが、乖離してしまうのではと三宅さんは仰いましたが、僕の 考えはそうではなく、その2割の子たちに逆に下の面倒を見ろよって 言います。それをすることによってもっと上に行けるって言うんです。
自分だけが高まるのではなく、自分も高まるし、人も高まるということが 出来る層だと思います。だから僕が個々に下の層に言ってもなかなか 変わらないこともグループなら出来る。ですから上のグループにそう いう雰囲気になってもらいたい。やはりグループの持つ強さというのが ありますからね。そういう方向へ進むための僕は着火剤でありたいなと 思います。
三宅 では最後になりますが、このインタビュー記事を読んで下さる方へ何か メッセージをお願いします。
河原 先生方にお願いしたいのは、先生方の後ろにはたくさんの後輩たちが 並んでいると思って下さい。一人の先生が頑張ることによって後輩たちも ついて来ると思います。今現実的にはいなくても未来にはたくさん後輩 たちがいるんです。その後輩たちのこともちょっと意識してもらって、その 後輩たちから憧れられるような先生を目指して進んで欲しいなと思います。 僕はそのつなぎ役になっていきたいと考えています。
三宅 ありがとうございました。
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| 【編集後記】 |
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以前から学校の先生にインタビューをしてみたいと思っていたので 今回実現出来て、私自身とても楽しい時間を過ごさせて頂きました。 また、河原先生とは同じ中部の治療家としてゆっくりとお話をさせて 頂きたいと思っていたので楽しかったです。
学校の先生という立場からの意見をお聞きすることが出来て私自身も 非常にいい学び、気付きを得ることが出来ました。
責任編集/三宅修平
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